SWEET HOME IWATE

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

 

毎年この時期になると、母の実家がある岩手の祖父母の家へと向かう。この時期、叔父を中心として毎年稲刈りを行っているのだが、それに2年程前から手伝いとして参加している。本来ならば、今回も参加する予定であったが、今回はコロナという事情もあり、参加することを控えた。

稲刈りは主にコンバインで収穫され、それが機械の中を経由して籾に分けられ残りの稲穂は田んぼに放出される。その籾は、一定の分を収穫し終えた後、軽トラックに乗せられた大きな籠移動させられ、それを地域のコメ収穫センターまで運ぶのが主に自分の仕事であった。毎度同じ道を往復するだけの単純な仕事であったが、年に一度であったし、マニュアル車である軽トラで岩手の山に囲まれる自然を感じながら運転することに退屈さを感じることはなかった。

毎年車で祖父を連れていく秋田県との県境の山にある須川温泉に行くことや、盛岡まで出向いて数件あるレコード屋でディグするといったことが今回叶わなかったのが非常に残念である。

そのような祖父母の家に訪れられないことが残念と思えるようになったのもここ数年の話である。今から5,6年ほど前までは、そのような気持ちは芽生えなかった。そちらまで出向くのが非常に億劫だとさえ思っていた。高校生ごろぐらいまでは、毎年の恒例行事として両親に仕方なく連れられていた記憶がある。連れられた先で数日滞在し、大抵、盆の時期に行くのでお墓参りだとか、祖父母及び親戚一同とたいして面白みのない歓談をしたりすることは非常に無為な時間だと思えた。

そんな気持ちが心変わりしたのは、自然あふれる田舎に興味を覚えたのが一つのきっかけである。学生時分はそのことに対していかほどの興味を覚えなかったが、ある時からそういう環境が美しく見えたのだ。それは過去の、とある地方とオーストラリアでの農業経験が主な原因とみれる。各々の地に滞在したときは、大抵岩手のような自然あふれる田舎(オーストラリアはまた異なるが)が主であった。一方で、現在は東京に暮らし、仕事をして日々を都会の中で過ごしている。恐らく、現在の自分からすれば過去のそのような経験や風景に懐かしみを覚えているのだろう。

また、それに加えて、車の運転を覚えたことも大きなきっかけになるだろう。「地方では車が必須だ」ということが痛いほどわかるような場所に所在する家なので、どこかに行く際は必ず車で出向かなければならない。ならば、車で行ける観光地やらに訪れたり、近年、より音楽に熱が入っているので、その地方のレコード屋やリサイクルショップに訪れディグすることができる。そうした楽しみを作り上げていったのであった。

そのような事情から、今回訪問することが叶わなかったのが非常に残念であるが、来年に期待しながら、時期を見てまた訪れようと思っている。

 

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